違う 本当に、子供なのは
ポーラースター
パチパチと、枝が熱によって弾ける音が耳に優しい。
未来から現代に戻ってきたブレイズとシルバーは、この夜、森の少し開けたところで集めた枝で火をともし、野宿をすることにしていた。
昼は「災厄の引き金」―――
イブリーストリガーを探していたため、体には少し疲労が溜まっている。
ふう、とブレイズは息を吐いて 目の前の炎を見つめた。
炎の中に、自分たちの未来の世界を思い浮かべていた。
それは、酷く混沌とし、赤い空が世界を包み、そう、それはまるで地獄のようだった。
高かったはずのビルはミイラと化し、ぼろぼろに崩れ落ちて、ゴミ箱の中みたいにそこらへんに瓦礫を散乱させていた。
そこに広がるは、人々の絶望と悲泣の声だけ。
そして、それらを支配するかのように、世界を飲み込まんとする大きな化け物。
今の世界の面影など一切ないあの風景には、己の目を疑った。
そんな自分に声をかけたのが、彼、シルバーであった。
彼の瞳に、自分は非常に驚いたのを覚えている。
その眼は、こんな世界で育ったとは思えないほどの、とても純粋なものだった。
「ブレイズ!」
その眼を持った彼が、嬉しそうに 自分に声をかけた。
何かと尋ねてみると、彼は輝かせた顔を上に向けて、空に向かって指差した。
「見ろよ、空が綺麗だぜ!」
見れば、そこには満天の星空が広がっていた。
幾千の星が、己の光を放って この世界を見守っていた。
自分は生まれた時から何度も見たことのある空であったが、彼にとっては、とてつもなく綺麗で、美しい空なのであろう。
その星空を見上げていた時、ふと、あの星が目に入った。
決して動くことのない、北に瞬く星、「北極星」。
動くことなく、地上を静かに見守る、大きな星。
それはいつものように大きく光り輝いて、ほかの星を先導していた。
シルバー、と声をかけてやると、輝かせた表情のままでこちらを向いて、ん?、と幼子のように首をかしげた。
きっと 彼はあの大きな存在を知らないだろう、自分はそう思って彼に北極星について教えた。
あの星は絶対動くことがなく、必ず北の方向にあるから、
もしもお互いがはぐれてしまったら、あの星を頼りに互いを探し合い 歩くんだ、と。
「ブレイズは物知りだなァ」
そう教えてやると、彼は興味深そうに、口を細くして へえ、と答えた。
お前が未熟なだけだ、と冗談交じりに言ってやると、彼は 今度は口を尖らせ、なんだよ、と言って頬を膨らませた。
その豊かな表情が面白くて、くすりと笑ってやると、
なんだよ、と言って 今度は頬を赤らませて、そして笑ってくれた。
その笑顔が、好きであった。
星みたいに明るくて、まっすぐで、はっきりと必ずそこにあった。
自分はいつもそれに助けられて、救われていた。
その明るい笑顔を守りたくて、落ち込んでいた彼を励ました。
その真っ直ぐな笑顔を守りたくて、選択を誤った彼を叱った。
その笑顔を失わないために。
彼のために、彼の為にと 己の炎を正義に使った。
月日が経って、彼は 自分を大人だと言って、その眼で自分を見た。
お前がまだまだ子供なだけだ、と笑うと、そんなことない、と言って
彼もまた、笑ってくれた。
ふと我に返り、無意識にその彼を見ると、彼は ふああ、と大きなあくびを出した。
疲労が溜まっているのであろう、もう寝た方がいい、明日も早いだろうから、と言ってやった。
ああ、と返事をした彼は、ころんとそこに横になって、数秒の間の後に
「ブレイズはまたオレを子ども扱いする」
と拗ねたように呟いた。
お前が自分を大人扱いしているせいだろう、と笑って問うと、
彼は途端にくるりと背を向けて、おやすみ、と言って、それっきり何も言わなくなった。
その態度に、寝たのだろうと思って、ふと空に目をやった。
明るくて、まっすぐで、はっきりと必ずそこにある、北極星。
大きくて、優しくて、そう、まるで彼のような。
そんな星を 未来で失わないようにと、自分は 自分の出来ることをやってきた。
そして 自分は これからも自分の、出来ることを、やるつもりでいる。
大きくて、優しくて、そう、まるで北極星のような。
その笑顔を失いたくないから、万一のことを、
―――
自分の身を投げいることも想定していた。
もし万一のことがあって、自分がそれを実行したら、彼はどう思うだろう。
バカ野郎、と言って泣くだろうか。
バカ野郎、と言って嫌うだろうか。
どちらにしても、こんな自分は、頑張れと言って彼を励ますだろう。
そうしたら、お前は笑ってくれるだろうか。
私がとても好きな、笑顔を見せてくれるだろうか。
そう、きっと 私がそんな行動を取り、そんな状況下で頑張れと励ましの声をかけたら、
お前は子供で、純粋だから、バカ野郎といって怒るだろう。
子供な彼に、身を滅ぼしてまで笑顔を求める、自分は大人なのだろうか。
純粋な彼に、いつまでも笑って欲しいと願う、自分は彼の言う“大人”なのだろうか。
ちかりと、星が瞬く。
幾千の光が、幾億の時間をかけて、この世界を照らし続けている。
星たちはそれぞれ繋がりあうように隣り合い、そして絵を描くように己の命をともし続けた。
こんな満天の星空は久しぶりであった。
だが、星たちはいつものようにぐるりと世界の上を横切ってしまう。
それでも、そんな空がとても綺麗だから、また見れることを願った。
――――
そんな笑顔がとても綺麗だから、また見れることを、願った。
私を物知りだと大人扱いした、彼は笑った。
私を強いと大人扱いした、彼は笑った。
私を、大人だと言った、彼は、いつものように笑った。
そして、そんな彼を、子どものように扱っていた、私。
そんな私は、子供な彼に、身を滅ぼしてまで笑顔を求めた。
そんな私は、純粋な彼に、いつまでも笑って欲しいと願った。
そんな私は彼の言う“大人”なのだろうか。
・・・違う。違うのだ。
本当は、。
命を捧げてまでその笑顔を守ろうとする、自分が わがままで、子供なのだ。
ころりと、彼は寝返りをうつ。
どんな夢を見ているのだろう、と 彼の表情を見て、自分は思わず微笑んだ。
その顔は、実に幼子のように愛らしく、幸せそうであった。
純粋な彼は、きっと子供な自分を許さないだろう。
それでも、きっと子供な自分はそれを実行するだろう。
だから、その時は。
自分の、最期の願いを、最期のわがままを、
最期に見せる“子供”を、許して欲しい。
そして、いつものように、ずっと ― 。
「・・・おやすみ」
前で灯っている炎を指で操り、そして手を握る。
そうすると、目の前の炎は、今までそこになかったかのようにしゅんと風に消えていった。
「良い夢を」
そう言って、自分もその場で横になって、目を閉じた。
夜空には、炎の代わりと言うように、ちかちかと 北極星が輝き続けていた。
09 6 27 Sat.
Hatena * Novel Page
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