子供な自分は、まだ ここに一人のまま
ポラリス
ザアアアア。
雨音が、聴覚を支配する。空は泣くように、地上に大量の雨を降らせていた。
昼間はあんなに綺麗に晴れていた空は、夜になると暗雲が立ち込めて、暗い空を一層真っ黒に色を染めている。
草の上で 仰向けに寝ている状態で、黒空を見上げていたシルバーは、
まるで闇の中にいるような感覚だ、と思っていた。
行動を共にしていたブレイズと、はぐれてしまっていた。
昼間、突然 たくさんの敵に阻まれ、それらと戦っているうちにはぐれてしまったのだ。
探しても ブレイズの声すら見つからない、そのうちに夜になってしまった。
そして、迂闊であった。
――
背後からの敵の攻撃に、気付いて振り向いた時にはもう遅かった。
その敵を倒すことさえ出来たものの、胸に大きな傷を負い、身体は、それ以上動くことを許さなかった。
そう、立つことさえも。
シルバーはその場に倒れ、――
そして現在に至る。
雨が、降り続ける。
体をちくちくと刺す草が、雨粒を拾って、自分の体に降りかける。
地面が水を吸い、氷のように冷たくなったそれは、自分の体温をいたずらに吸い込んでいく。
自分でも、体が酷く冷えているのを感じた。
冷えた身体は、まるで、それは死体のようだった。
震える息を静かに吐くと、その息すらも冷たくなっていた。
そのうち、この冷たさも、感じなくなって、消えていくんだろう、と深闇の中でぽつりと、思っていた。
ただ、冷たい体の中で、傷を負った胸だけが、ぼんやりと熱を持っていた。
ああ、彼女はどうしているだろう。
この大雨の中、自分を探し続けてくれているだろうか。
それとも、冷静に、雨が止むを待っているだろうか。
彼女は大人だから、自分には どんな行動を取るのか分からない。
そして、彼女は自分を見つけた時、自分を子ども扱いするだろう。
彼女は、自分と違って 大人だから。
黒い空だけを、じっと見つめているシルバーは、北極星の話を思い出していた。
決して動くことのない、北の星。
動くことなく、地上を静かに見守る、大きな星。
旅人は、北極星を頼りに 道を歩くんだって、彼女が教えてくれた。
だから、もしも離れ離れになってしまったら、北極星を頼りに互いを探し合い 歩くんだ、と。
物知りな彼女はそう教えてくれた。
なあ、物知りなあんたなら、この状況をどう乗り越えたんだい。
北極星も、なにも、見えないじゃないか。
彼女は、大人だった。
いつも冷静で、彼女が出す答えはいつも正しかった。
自分が誤った選択をした時、まるで姉が弟を正すように、自分を叱った。
歳は同じなのに、と言うと 彼女は 大人びた微笑みで、お前はまだ未熟だから、と笑った。
本当のことだったから、言い返したくても 言い返せなくて、
そして、自分は そんな彼女の微笑みが好きだった。
そんな彼女が、傷を抱えて 横たわっている自分を見たら、どんな反応をするだろう。
馬鹿者、と言って怒るだろうか。
馬鹿者、と言って泣くだろうか。
どちらにしても、わがままな自分は、ごめんと言って笑うだろう。
そうしたら、あんたは笑ってくれるだろうか。
オレが大好きな、微笑みを見せてくれるだろうか。
きっと、こんな状況下で、オレがごめんと言って笑ったら、
あんたは大人だから、馬鹿者といって呆れるだろう。
大人な彼女に、この期に及んで 笑顔を求めるなんて、自分はわがままだ。
大人な彼女に、子供のように笑って欲しいだなんて、自分は小さなこどもだ。
空が、泣いている。ぼろぼろと雫をこぼして、それは まるで子供のように。
滴が、半分開いていた自分の目の中に入って、思わず自分は目をぎゅっと閉じた。
つう、と 滴が頬を伝う。
閉じた瞳は、次第に、体を闇へと落としていった。
同時に、体の感覚が、自分の体からふわりと浮いて無くなった。
ただ、傷を負った胸だけがぼんやりと熱を持って。
目をつぶっているはずなのに、雨の滴が目の中に入っていないはずなのに、
その目から、ぽろぽろと温かな雫が零れ、頬を伝い、そして地面に落ちた。
その様子は、まるで、今の空のようだった。
北極星が見えない。
彼女が見えない。
あんたは、どこにいるんだ
―――――
「シルバー!!!」
感覚のなくなった体に、びりびりと振動が伝わった。
足音が大きくなり、その呼びかけた声の主は、温かな手でシルバーの上体を持ち上げる。
シルバーの冷えた体には、とても熱く感じられたが、その手は確かに、いつものように優しかった。
「何をやっているんだ・・・しっかりしろ」
彼女は思いのほか冷静な声で 自分に呼びかける。
彼女の表情が、まるでピントが合わないみたいに、ぼやけてはっきり見えない。
彼女の手の温かさのお陰で、とっくに感覚を、視覚を取り戻しているはずなのに。
それでも、自分は笑ってみせた。
ごめんと言って、オレは、笑ったみせた。
いくら走っても、彼女に追いつけなかった。
いくら足掻いても、彼女はいつも遠かった。
それでも、自分は求めた。
大人な彼女に、この期に及んで 笑顔を求めた。
大人な彼女に、子供のように笑って欲しかった。
それなのに、彼女の顔が、見えない。
彼女の表情が、見えない。
彼女の笑顔を見ることも、許されない。
こんなに近くにいるのに、・・・彼女が、見えない。
未だに 消えた北極星を手にしようとする、オレは わがままで、子供だ。
「・・・馬鹿者」
感じるのは、雨の音と、彼女の腕と、次々 頬を伝う雫。
呟くように言った彼女は、自分を抱えた腕を 彼女の体の方へ寄せて。
そして、――――――
オレは 彼女に触れられないまま、また ぐるぐると 同じ夢を見続ける。
09 6 27 Sat.
Hatena * Novel Page
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