それはまるで、かみさまの気まぐれのようだけど



The future of A cherry blossom



 水の都、ソレアナ。
 街からずっとはなれた、はずれのはずれ、真っ暗なジャングルを抜けた先。
大きな湖に浮かぶように、陸地から湖の中央へ突き出た陸地に、綺麗に、胸を張って咲き誇る桜があった。
さらさらと、散り咲くその桜の花びらは、ジャングルの中では決して見られなかった
太陽の光をまっすぐに浴びて、きらきらと光り輝いた。
その太陽の光の粒子は、また、晴れの日に降る雪のようだった。
 桜の樹の頭上で、悩みも吸い込んでさまいそうな、どこまでも広がる、
澄んだ青い空が、いつものように世界を見つめていた。

 そして もう一つ、いや 一人と言った方が正確か
――― 青い空が、その桜を静かに見つめていた。
青い空、のような、深い青色をしたハリネズミ、「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」である。

 ちらちらと、雪が風に遊ばれて、青空へと舞い上がって散って行く。
 しばらく美しい景色を目に焼き付けた後、彼はゆっくりと桜に近付いた。
湖が空の青を映し、まるで空を歩いている感覚に襲われる。
ふわふわと体が浮いているようで、少し気持ち良かった。

 歩き着いた先の、桜の樹に そっと触れてみる。
それが創っていた儚い景色とは逆に、彼女は思ったより力強かった。

 ……力強かった?

 彼はふと彼女を見上げた。大きく尊い蒼空に負けないくらい、
桜は胸を大きく張ってそこで地を踏んでいた。



――― 「何をしている?」

 突然、何者かの声が、静寂に包まれた空気を震わせた。
ハッと気付いて、ソニックは後ろを振り向く。
向こうの陸地に、見慣れた姿があった。自分と良く似た、深い影の色をしたハリネズミ
―― シャドウ・ザ・ヘッジホッグ。
声の主が懐しい親友だと分かると、ソニックはいつもの笑顔を見せた。

「いや、別に」

 桜から手を離し、彼はいつもの表情をした友に近付いた。
影を並べて、共に桜を見つめる。いつもと変わらない風景が、そこに佇んでいた。

「……ただ」 ソニックが肩をすくめて続ける。「ここが、何か大切な場所な気がしてさ」
「大切な場所?」

 疑問の色を混ぜた目で彼を見つめ、シャドウが尋ねる。
尋ねられた彼自身も、また、不思議そうに首を傾げた。

「それが、オレ自身よく分かんなくて」

 そう言って、彼は腕を組んで、先ほどより深く考え始めた。

 そう、ここに来たことは、今を含めて2、3回ほどしかなく、しかも 誰かと来たわけでもない。
いつものように走り回っていて、ここを見つけたのだ。それは確実である。
それに、特に思い出があるわけでもない、
ただ、この景色に強い感動を覚えたことだけしか記憶になかった。

「でも」

 それなのに、何故か感じるのだ。
心に引っ掛かっているような、何か、切ない違和感を。

「何か…、そう、忘れている気がする」
「何を」
「さあ」

 短い会話に、さっぱりだ、と言葉を付け足し、彼には珍しい苦笑いを見せて、ソニックはまた肩をすくめた。

 さら、と、風に吹かれた桜は、波の音のような声を出して歌う。
歌声に彼は耳を傾けて、己の心に聞いてみた。
 記憶の桜と、目の前の景色を重ねる。
強く思っても、どうしても霞む景色に、答えを得ることは出来なかった。



 こんな綺麗な景色の中の大切な思い出、忘れるはずがないのに。



「・・・見てみるか」

 風の声と共に音を合わせたのは、シャドウであった。
ソニックは、目の前の自然から彼に、驚いた表情で目線を移した。
そんな彼に、シャドウは 持っていた1つのカオスエメラルドを取り出し、
その疑問の目に答える。

「カオスコントロールだ。
 完全に過去へ飛ばすことは出来ないが、
 過去のここの景色を映し出すことなら出来るかもしれない」

 ソニックが、目の色を変えた。
その言葉に答えるように、奇跡の宝石は緑色に深く輝く。

「出来るのか」
「・・・保障は出来ないが」

 真剣なまなざしで問う彼に、濁した返事とは裏腹、シャドウは強く頷いた。
保障はないが、確信ならある。

「頼めるか」

 静かに問う言葉に、今度は返事はない。
代わりに、その究極生命体は その彼のまなざしに 鋭い瞳を合わせて応えた。

 す、一つの影が一歩前に出た。
シャドウは前に手をかざし、桜を見つめた。その手にある、風色に光るカオスエメラルドは
風景に溶け込むように淡く輝く。
目を閉じ、神経を集中させて、力を宝石に注ぎ込む。
その力を宿した宝石の光は、強く、鋭く空間を照らした。
目を開けて、また あの桜を注視する。この風景の過去の記憶、何があったのか―――

「カオス、コントロール!!!」



 ざざあ!!
 風が遠吠えし、桜の枝を強く揺らした。
声に乗って、たくさんの桜の花びらが 勢い良く空を飛んだ。

「うわっ…」

 飛んで来た桜の花びらに視界を阻まれ、ソニックは思わず 手で目を覆った。
指の隙間から外を見てみるが、何も見えない。桜色の壁が、まだ前を塞いでいた。

 びゅう、さらに強い風が一つ吹き、そしてやんだ。
桜色の壁が無くなり、ソニックは手を下げて、閉じていた目を開けた。


――――

 言葉を、失った。
 目に飛び込んで来た風景は、先ほどと変わらない 鏡のような湖、そして 浮かぶように立つ桜の樹。
そして、今までなかった新たな二つの影、
自分の姿と――― 綺麗な茶の髪の女性とが、そこにいた。



 …思考が奪われていた。
ここに、誰かと来た記憶はない、それは前に考えたように確かである。
しかも、あの女性――― この国の王女、と良く似た人を、自分は全く知らない。
自分に、こんな記憶は一切なかったからだ。
 だが、カオスエメラルドは 過去の風景として、自分と王女がいる、この映像を映し出している。
それは恐ろしく純粋だ、きっと嘘を映しはしない。
あれは、真実だ。



 呆然と、その風景を見つめる。
 ちらちらと舞い降りる桜の花びらがとても綺麗だと、女性は嬉しそうに感嘆の声を上げた。
振る舞いなど関係ないように、一人の女性として桜を見つめる彼女は、
その樹みたいに力強く、優しく、そして胸を張って、そこに立っていた。


 本当に覚えのない記憶、偽物でないかと一瞬疑った。
 だが、少し彼と話した後、彼女はこう言った。




「この場所を、忘れないで下さいね」




 そして、彼女がオレに向けるのは、あの笑顔。
いつもと・・・変わらぬ笑顔。



 ――― ああ、そういうことだったのか。



 びゅう!!
 また風が舞い上がり、桜を散らせる。その花びらは、現実の桜のものだった。
花びらはまるで吹雪のように強く吹き付け、そして 風景を散らせた。



 消えて行く記憶、だが、それは今までのものではない。
そう、それは――― 彼には分かった。
だから、霞んで行くそれに、悔いも切なさもない。


 答えは、得られたのだ。



――― ソニック」

 ひゅう、風が歌い終わり、シャドウは彼に声を掛けた。
 いつの間にか閉じていた目をゆっくり開けて、彼はまっすぐに前を見つめる。
そこには、本当の桜が、自然の中に立っていた。

「何か手掛かりになることはあったか」

 シャドウが、静かに尋ねる。
数秒、前を見つめたまま沈黙し、そして ソニックは頷いた。

「助かったぜ、シャドウ。おかげで胸のつっかえが取れた。
 見たのは、今のオレの記憶じゃなかったけどな」
「どういうことだ?」

 シャドウが、密かに疑問の色を混ぜて 問う。
そんな彼に視線を移し、また桜の樹に目を戻して、ソニックは大きく息を吸った。


「違う道を行ったオレの記憶さ」


 そう言った彼の微笑みは、透き通る青い空のように爽やかであった。



 ひゅう。
 桜の花びらが、風に運ばれて、広大な空へと旅立って行く。
実に似ていても 全て形が異なる、雪の結晶のような彼らは、同じ場所から違う場所へ、
時々交えながら、それぞれの、個々の道を 胸を張って駆けて行く。



「そうか」

 隣で友が呟いた言葉と、その花びらたちは、風に吹かれて 共に流れて行った。




 それはまるで気まぐれで、
 それでもしっかりと道を作り出し、やがて遠くの青に消えて行った。

 

 

 

 

   09 4 5 Sun.