また、きっと逢う日まで



Perpetual friendship



 「ただいまー」

 そう言って、ボクは家に飛び込んだ。
いつもの日課だ。

 「お帰りなさいませ、ぼっちゃま」

 エラはボクが帰ったことに気付くと、扉からひょこりと顔を出した。
「ただいま」と相槌を打った後、ボクはいつものように部屋へ戻る。
 背中に担いだバッグを、音を立てながら揺らした。
バッグの中にある筆箱やら教科書やらが ガタガタと音を立てるが、いつものように気にもとめない。
 ガチャリ、と 扉を開けると、ボクは部屋にバッグを置いた。

「ふぅ」

 息を吐いて、椅子に腰を掛ける。



  あれから、まだそれほどの時は経っていない。
  ソニックが向こうの世界に帰った時の記憶も、まだ新しい。

  パパとママというと、前よりはボクに顔を見せるようになった。
  ただ、やっぱり仕事が忙しいのか 家にいることは少ない。

  家に帰ってきた後は、勉強に励んでいた。
  いつかカオスコントロールの装置を作って、
  そして、ソニックたちに会うために。


  ソニック達がいないこの星で、いつものように過ごしていた。
  ハプニングも、冒険も、何も無い。




  彼の笑顔も無い、何も無いこの星で。





「・・・・・クリス」

 扉が開く。
何かと思い、視線をそちらに移すと、そこにはチャックがいた。

「チャック、どうしたの?」
「これを見てみろ」

 差し出されたのは、長方形の封筒。 開け口は丸いシールで留めてあった。
首をかしげながら、ボクはそれを受け取った。

「これは?」

 おもむろに ボクは封筒を裏返し―――― そして、目を疑った。

「・・・・・・・!!!
 チャック、これはっ・・・・?!」
「研究室で見つかったんだ。 きっと、隠していたんだろうな。
 久しぶりに研究室の掃除をしていたら、見つかったんだ。
 まぁ、時間もなかったしな・・・・言えなかった事を、手紙に書いたのだろう」

 目をぱちくりさせながら、封筒を見る。
封筒の裏には、差出人の名前が書かれてあった。




Dear,Chris

               From,Sonic






 チャックは、封筒をボクに渡した後は さっさと帰っていった。
彼のことだから、また研究室にこもって何かを作るつもりなんだろう。
 だけど、ボクは彼のその後の行動よりも 持っている物の方が気になっていた。
実にシンプルで白い、封筒。

 ボクは ペリペリとシールをはがし封を開け、中にある手紙を取り出した。
まさか、彼が手紙を書くだなんて、想像もしてなかった。


 おそるおそる、手紙を開く。



 Hello,Chris!
お前がこれを読んでいる時は、もうオレはここにはいないかもしれないな。
オレ、手紙書くのあんまりないから、字 間違ったりしてるかもしれないけど 見過ごしてくれよ。




「ソニック・・・・・」

 思わず、ボクは差出人の名前を口にした。
間違いない、これを書いたのはソニックだ。
 ボクは目線を徐々に下に落とし、手紙を読み始めた。



何から書けばいいかわからないな......
こういう時って、どんな気持ちから書き表せばいいだろうな。

 今、お前はオレと別れて、辛いか?
悲しい思いをしているか?
もし、そんな思いをしているんだとしたら、オレと同じだな。

 正直、辛い。
お前と別れることになるのが、正直 悲しく思ってる。
普段はこんな弱気な事言わないけど、せっかくだから言ってやる。
 お前と別れること、正直 本当に辛い。




「・・・・・・・・」

 声を出さなかったのが、不思議なくらいだった。
ボクは、驚いていた。

 ソニックも、辛かったんだ。
平気なように見せてたけど、本当は辛かったんだ。
 最後のあの涙は・・・・見間違いじゃなかったんだ。

『でも』という次の始まりの文章の文字に、ボクはハッと我に返った。
『でも』、なんだろう。



 でも、オレは忘れないぜ。
お前と過ごした何気ない日々も、冒険した日々も、絶対に。
お前も、忘れないでくれるよな?




 ボクは思わず首を縦に振った。
彼の質問に答えるように、頷いた。
彼には見えはしないけれど、それでもよかった。

 ―――――― こつん。

「・・・・?」

 ボクは、封筒から転がり落ちた『何か』に気付き、床に目を落とした。
種のようだ。
小さな、米粒ぐらいの大きさの種。
ボクはその種を拾い上げて、封筒に目をやり、そして手紙を見た。



 封筒の中に、種を入れておいた。
花の種だ。
庭に植えてほしい。
オレたちのことを忘れないように。

オレも、帰ったら同じ花の種をどこかに植えるつもりだ。


 その花の花言葉は、「永遠の友情」




「永遠の、友情・・・・・・」

 ボクは自然と花の種を見つめていた。
小さなこの種に秘められた、大切な言葉。



 伝えることは伝えたと思う。
もう 最後になるな。

 また逢えるさ。
悲しむことは無い。
・・・・今 悲しんでるオレが言えたセリフじゃないけどな。

でも、またきっと逢える。
オレはそう信じてるぜ。

だから、あえて オレは「さよなら」じゃなくて「またな」と言うことにする。




    またな






 ソニックの笑顔が、見えた気がした。



「ボクも、そう思う。
 きっとまた逢えるよ」

 ボクは言葉を口にしていた。
彼には届くはずは無い。
だけど、それでもボクは 彼に伝えるようにそう言っていた。





――――――― 「ふぅっ」

 ボクはそう一息ついた。
手も顔も泥だらけだ。
ボクは その汚れた手でスコップを握りなおす。

 今、ボクは庭にいる。
ソニックに貰った花の種を植えていたんだ。
たった今、それが終わったところだ。

「ごめんね、ソニック。 ちょっと植えるの遅くなっちゃった」

 ボクは えへへ、と苦笑いして見せた。
もちろん、ここに彼はいない。

「あ、水あげないとね!」

 ハッと気がついたボクは 横手を打ち、スコップを地面に置いた。
「じょうろじょうろ」、と じょうろを取りに行こうと踵を返す。
じょうろは家にあるはずだ。


 その時だった――――――





 ―――――― わずかに聞こえる、涼しい音。
          「サアァ」というとても静かな音。
          まるで、じょうろから水が出ているような。


 聞こえるはずがない。
ここ、庭にはボク一人しかいないはずなのだから。


 なのに。




 ボクは思わず花を植えたほうを振り返った。





 青い体をした、ハリネズミ。
 見慣れた 友達。






  ソニックが、そこにいた






―――――― ソニック!!!」

 ボクは思わず叫んでいた。
彼は、じょうろを持って さっきボクが花を植えたところに水をやっていた。

「・・・クリス?」

 彼は驚いたように そうボクの名前を呼んだ。
今まで 一緒に暮らしてきた、あの時と同じ声で。

 ボクは駆け寄った。
いるはずのない彼の方へ、足を走らせた。



「・・・・・、ソニック!!」


 ソニックと逢えるのは、この瞬間だけだ。
ボクの勘が、そう言っていた。




 伝えたいことがある。


 彼がそう伝えたように、ボクもそう伝えたかった。


 また逢う日まで。





――――― またね!!」





 ボクは必死だったのか、その言葉を発した時は目をつぶっていた。


 ハッと目を開くと、そこに彼はいなかった。

「・・・・夢?」

 寂しい気持ちになりながら、ボクはそうポツリと呟いた。
でも、そう決め付けるのはまだ早かった。

 ボクは目を見開いた。


 あれは夢でもなんでもない。




 花を植えた地面が、濡れていた。
 彼が水をやっていたその地面が、水を吸っていた。





「またね、ソニック」


 ボクはそう、再び彼に伝えるように 呟いた。









―――――― 「何やってるの、ソニック?」

 テイルスはソニックの隣に来て、そう問いかけた。
ソニックは持っているじょうろを傾けつつ、テイルスの質問に答える。

「ん? ああ、花に水をやってるのさ」
「花を植えたの? ソニックが?」
「ああ」

 意外、というように言うテイルスの言葉に ソニックは微笑みながら返した。

「クリスにもあげたんだ」
「へぇ~!」 テイルスは感嘆の声をあげた。「なんだかこの花を通じて、繋がってるみたいだね。
 ボクらの世界と、クリスたちのいる世界」

 テイルスは笑顔でそう言い、花の植えた地面を見つめた。
彼の言葉に、ソニックは驚いたようにハッとした。

「どしたの?」

 テイルスはソニックの表情に気付き、首をかしげる。

「・・・いや、なんでもない」 いつもの表情に戻すと、ソニックは水やりを終える。「ただ、な」

 ソニックの言葉に、テイルスはますます首をかしげた。

「・・・・・さっき、クリスに逢ったような気がしたんだ。
 へへ、おかしいよな。 クリスはここにいないはずなのに。
 瞬きをした次の瞬間には、クリスの姿はどこにもなかった」

 ソニックは苦笑いし、空を見上げる。


「一言、『またね』と告げてな」


 テイルスは面食らったようにぽかんとしていた。
だがその一方で、ソニックはもう逢うことが出来ない親友と会ったにも関わらず、寂しい顔ひとつせず、微笑んでいた。



 きっと、また逢えると、
 そう、確かに感じたから。



「See you later」




 ソニックはそう一言呟くと、流れる雲を見つめる。


 流れる雲の中に、昼の月がぼんやりと浮かんでいた。

 

 

 

   07 3 28 Wed.